10月, 2017

映画「名もなく貧しく美しく」の感想(10/22上映会より)

1961年製作の映画の上映会を企画開催したところ、衆議院選挙投票日でしかも最大規模の台風21号接近のところ15人も集まっていただきありがとうございました。皆さんから感想文を出していただきましたので読んで下さい。尚、この映画のDVDは、伊東市手話サークル「ゆりかもめ」の会員の方からお借りしました。併せて、ありがとうございます。(提出者の一部です。)

 

 

  • 私は子供がいないから

子供を育てた事がないので

どれだけ大変だったのか?

映画を見て初めて聞こえない親と聞こえる子供の気持ちが分かりました。

聞こえない親は子供を育てる時に色々大変さがあったし

聞こえる子供も親が聞こえない為に色々苦労があったけど

子供が聞こえない親の気持ちが少しずつ分かるようになって親を助けるようになった事が一番感動しました。

 

 

  • 「この映画の中で、主人公秋子さんが、「世間の人は同情はするが、理解してくれない」という言葉があったかと思いますが、先日、サークルで観た「合理的配慮」のDVDを思い出しました。現在は、日常生活や社会生活を送る上で聴覚障害者の方々への認識も変わってきましたが、更に理解を深める為に、何が必要かどのようにしたらいいか、と考えられたらと思います。

電車の中で、主人公夫婦がガラス越しに会話をするシーンは、手話だからこそできる会話だと思いました。」

 

 

  • 木村さんの言葉どおり、昔のろう者の苦労をよく捉えた映画かと思います。

私は以前、昔のろう学校や子育て、社会生活における聞こえない人達の経験談を聞いたことがあったので、この映画を通して再認識した思いです。

この映画は実話をもとにして作られたそうなので、実際はもっと生々しく、あらゆる感情があったのだろうと感じました。

また個人的には時代背景にも現れているように、全体的にとても綺麗な手話でしたね。当時の手話指導された方と演者の表現力に感動です。それと「信じる」「悩み」中学に「入る」の手話表現に、へぇーと思いました。ただ残念なのは映画の最初の方は遠近の関係から手話が小さく見づらくて、どうしても字幕を目で追ってしまいましたが…(^^;

この映画の続編の上映会も是非お願いしますね!

 

 

  • 台風が迫る中、映画会を催していただきありがとうございました。聴覚障害者が唖と呼ばれていた時代に様々な偏見の中で肩身のせまい思いをして生きてきた様子が描写されていて、本当に大変な思いを重ねてきたのだなあと実感しました。

秋子がショックを受けて家を飛び出した時、道夫がようやく隣の車両まで追いついて手話で優しく諭すシーンは、手話だからこそ可能な場面設定だと思いました。

貧しい中にも喜びを感じて生きるようになった道夫と秋子であったが、戦火の中で助けたアキラが自衛隊員となって面会に来て、急いで帰った秋子が途中で交通事故死するという急転直下の悲劇で、何ともアッケなく、無常を感じてしまいました。

 

 

  • 名作「名もなく~」はろう映画の公開がきっかけでその後のろう映画につながっていった映画と認識しています。

1961年の作品!!自分が生まれた時代と同じ頃です。

映像を観て・・・普通の人が生きていくにも大変な時代に耳が聞こえないために苦しい生活をしなければならなかった秋子と道夫の苦難の日々はつづいたけれど、人を憎んだり、恨んだりしなかった。

貧しくても美しく明日の希望をめざして生きた秋子と道夫・・・

両親や祖母のたまから慈愛をうけて育てられた一郎は両親の死後もろう者の為に活動してくれる人間に成長したのではないかと想像します。

 

全国ろうあ者体育大会に参加して

9月23,24日の2日間、参加させていただきました。
私は託児の担当で、1日目は生後9か月のお子さん、2日目は2歳児の
担当だった為、ずっと託児室で過ごしていたので競技の様子は見学でき
ず、少し残念でした。
預かるお子さんは、健聴の子も聾の子もいました。担当の2歳の子は、
お母さんが聾者で子供は健聴でした。言葉はまだ片言でしたが、「座る」
「食べる」「終わり」などの簡単な言葉は、自然に手話と一緒に話してい
て、こんなに小さいのにもう、手話ができるの?と驚きました。
昼休みにお母さんが戻ってきてご飯を一緒に食べている様子を見ている
と、お母さんは聾者ですが、声はきちんと聞き取れ、手話と一緒に子供
たちに話しかけていました。2歳になったばかりの子が、手話もできる
なんて!思いましたが、なるほどな。この子にとっては、お母さんの話
しかけが、手話と同時に行われているため、手話も、言葉も同じ「言語」
なんだな。と納得しました。
講座では「手話は言語」と習ってはいましたが、実感させられる出来事
でした。とても貴重な経験をさせていただきました。  R.Y(健聴者)

 

9月23日(土)1日要員で参加しました。草薙の陸上競技場に朝8
時に集合し、要員係は沢山と大学生のボランティアが4人いました。あ
いさつがあり、各担当者に別れて打ち合わせしました。受付担当で5人
いました。仕事はあんまり忙しくなかったので、楽しくおしゃべりをして交流しました。天気は良かった。最後にリレーがありましたが、1組しかなく寂しかったですが、しっかり応援しました。早めに終わったのでバレーの応援をして帰ってきました。       T.T(ろう者)

 

私は、9月22日(金)~24日(日)牧之原市榛原総合公園で男子ソフトボールの要員としてお手伝いをしました。(浜岡のビジネスホテルに2泊)特に、22日午後は3面のコートを作るのは地元のソフトボール協会の人達の協力で少ない要員(15人)のなか、ネット設置・グランド整備・会場づくり等など雨の中、無事に完成しました。23日~24日の本番は7時集合で、沢山の要員と地元のソフトボール協会の人達と地元の審判団と地元の中学生の尽力で全国からの14チームの13試合がスムーズに実施することが出来ました。私は手話通訳として、Eコートで審判と監督の通訳を中心にグランド整備や閉会式の通訳をやりました。なんとか天候も味方をしてくれて事故もなく無事に終わりました。優勝した香川チームのエース(ソフトボールと思えないスピードボール。三振の山)とお話をする機会があり、「香川ろう学校高等部ソフト部の時に香川県代表で高校総体に出場した。」とスマホの高等部時代の写真を見せてもらいました。香川チームおめでとうございました。                      M.K(健聴者)

 

要員として参加しました。
私はバドミントンの担当でした。試合間近の選手の呼び出しや、コー
トまでご案内などが主な役割でした。
初めは私達要員も緊張気味でしたが、徐々に慣れ、少し手話で会話出
来たり良い経験になりました。
1日長かったですが、全国大会が静岡で開かれて、要員として関わる
事が出来て本当に良かったです。          M.M(健聴者)

 

参加は、23日(土)
担当は、駐車場でした。
朝は早かったけど、選手、審判の人達の車が入り終われば、仕事も余り
なかったので、バレーの応援に行きました。
手作りのボンボンがあったりと、楽しむ事が出来ました。
担当によっては忙しい所もあったみたいですが、ろう者の方とも、色々
お話が出来て楽しく勉強になりました。        S.H(健聴者)

東サ連交流会

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