映画「名もなく貧しく美しく」の感想(10/22上映会より)

1961年製作の映画の上映会を企画開催したところ、衆議院選挙投票日でしかも最大規模の台風21号接近のところ15人も集まっていただきありがとうございました。皆さんから感想文を出していただきましたので読んで下さい。尚、この映画のDVDは、伊東市手話サークル「ゆりかもめ」の会員の方からお借りしました。併せて、ありがとうございます。(提出者の一部です。)

 

 

  • 私は子供がいないから

子供を育てた事がないので

どれだけ大変だったのか?

映画を見て初めて聞こえない親と聞こえる子供の気持ちが分かりました。

聞こえない親は子供を育てる時に色々大変さがあったし

聞こえる子供も親が聞こえない為に色々苦労があったけど

子供が聞こえない親の気持ちが少しずつ分かるようになって親を助けるようになった事が一番感動しました。

 

 

  • 「この映画の中で、主人公秋子さんが、「世間の人は同情はするが、理解してくれない」という言葉があったかと思いますが、先日、サークルで観た「合理的配慮」のDVDを思い出しました。現在は、日常生活や社会生活を送る上で聴覚障害者の方々への認識も変わってきましたが、更に理解を深める為に、何が必要かどのようにしたらいいか、と考えられたらと思います。

電車の中で、主人公夫婦がガラス越しに会話をするシーンは、手話だからこそできる会話だと思いました。」

 

 

  • 木村さんの言葉どおり、昔のろう者の苦労をよく捉えた映画かと思います。

私は以前、昔のろう学校や子育て、社会生活における聞こえない人達の経験談を聞いたことがあったので、この映画を通して再認識した思いです。

この映画は実話をもとにして作られたそうなので、実際はもっと生々しく、あらゆる感情があったのだろうと感じました。

また個人的には時代背景にも現れているように、全体的にとても綺麗な手話でしたね。当時の手話指導された方と演者の表現力に感動です。それと「信じる」「悩み」中学に「入る」の手話表現に、へぇーと思いました。ただ残念なのは映画の最初の方は遠近の関係から手話が小さく見づらくて、どうしても字幕を目で追ってしまいましたが…(^^;

この映画の続編の上映会も是非お願いしますね!

 

 

  • 台風が迫る中、映画会を催していただきありがとうございました。聴覚障害者が唖と呼ばれていた時代に様々な偏見の中で肩身のせまい思いをして生きてきた様子が描写されていて、本当に大変な思いを重ねてきたのだなあと実感しました。

秋子がショックを受けて家を飛び出した時、道夫がようやく隣の車両まで追いついて手話で優しく諭すシーンは、手話だからこそ可能な場面設定だと思いました。

貧しい中にも喜びを感じて生きるようになった道夫と秋子であったが、戦火の中で助けたアキラが自衛隊員となって面会に来て、急いで帰った秋子が途中で交通事故死するという急転直下の悲劇で、何ともアッケなく、無常を感じてしまいました。

 

 

  • 名作「名もなく~」はろう映画の公開がきっかけでその後のろう映画につながっていった映画と認識しています。

1961年の作品!!自分が生まれた時代と同じ頃です。

映像を観て・・・普通の人が生きていくにも大変な時代に耳が聞こえないために苦しい生活をしなければならなかった秋子と道夫の苦難の日々はつづいたけれど、人を憎んだり、恨んだりしなかった。

貧しくても美しく明日の希望をめざして生きた秋子と道夫・・・

両親や祖母のたまから慈愛をうけて育てられた一郎は両親の死後もろう者の為に活動してくれる人間に成長したのではないかと想像します。

 

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